#050 イーリ ニコラス『Brand New Days』

2018年12月のトップリーグ再昇格から、2020年は悲願のトップリーグ初勝利も手にするなど着実に成長を続ける三菱重工相模原ダイナボアーズに、またひとり頼もしい男が加わった。イーリ ニコラス。楕円球王国ニュージーランドと日本、いずれのラグビーもよく知る31歳のベテランである。

父のマークさんはイングランド出身で幼少期にニュージーランドへ移住し、北海道大学留学中に日本人女性と結婚。次男であるニコラスは1988年に札幌で生まれた。その後、5歳の時に家族でニュージーランドに移り住み、高校1年時の1年間は札幌山の手高校に留学。帰国してクライストチャーチの強豪セントビーズカレッジを卒業したのち、ふたたび来日して拓殖大学に学び、トップリーグのパナソニック、神戸製鋼でプレーした。ちなみに札幌山の手に留学していた時、同校の佐藤幹夫監督に「いい子がいますよ」と紹介したのが、同級生だった現日本代表キャプテンのリーチマイケルだ。

日本語と英語を流暢に話し、180cm、90kgの頑健な身体でSHとSOを高い次元でこなす。国内トップクラスの強豪であるパナソニックと神戸製鋼で、日本一になるチームの空気も体感してきた。スタッフ陣、外国人選手と日本人選手の架け橋として、FWとBKをつなぎゲームをコントロールする戦術遂行の中枢として、また発展途上のクラブに経験を伝える指南役として、その存在がチームにもたらす影響は計り知れない。

5年間在籍し、「できればここで引退したいと思っていた」というほど愛着のあった神戸製鋼を離れる決断したのは、限りあるプレーヤー人生を後悔なく完全燃焼して終えたい、という思いからだった。2017年度のトップリーグではSOとして12試合に先発し、翌'18年もダン・カーター、ヘイデン・パーカーが加入する中で7試合に出場して15季ぶりの優勝に貢献した。しかし’19-’20シーズンはチームがより攻撃力重視の方針へと傾いたこともあって、出場はカップ戦の1試合のみにとどまる。

自分のコンディションに不安があるわけではないし、チャンスさえもらえればインパクトを残せる自信はあった。しかし、固定された布陣で結果を残しているチーム状況では、なかなか出番は巡ってこない。年齢的に数年後もいまと同じように獲得の手を挙げてくれるチームがあるとは限らないと考えれば、移籍するならこのタイミングがベストだった。

「ウェイン・スミスさん(神戸製鋼総監督)と話をした時も、『試合に出ていないのがもったいない』と言われました。運良く大きなケガもしていないし、まだ2、3年は十分やれるという手応えもあった。満足してラグビーキャリアを終えるために、新しいチャレンジをしよう、と」

挑戦のために環境を変えるのだから、完成されたチームに加わるよりも、可能性と意欲に満ちた伸び盛りのクラブで仲間とともに成長していきたい。そんな思いに合致したのが、ダイナボアーズだった。神戸製鋼時代のチームメイトで友人の中濱寛造と井口剛志が先に移籍していたことに加え、グレッグ・クーパーヘッドコーチを筆頭に指導陣にニュージーランド人が多いことも決め手となった。

「グラウンドが近いということで拓大時代に練習試合をしていたこともあって、三菱は昔からよく知っているチームでした。また、かつてニュージーランドの僕の家にホームステイしていた沼田一樹さんがここでプレーしていたり、そういうつながりもありました」

持ち味は安定感あるスキルと冷静な判断をベースにしたゲームメイクと、周りの選手の強みを引き出すコーディネート力。SHとしての契約だが、「クーパーさんには、SOもできます、と話をしています。試合に出られるならどちらでもいい」と意気込みを口にする。ダイナボアーズにはマイケル・リトル、マット・ヴァエガというトップリーグでも屈指のCTB陣をはじめ、中濱、井口、さらにはFWにも走らせがいのあるランナーがそろっているだけに、ニコラスの手綱さばきにかかる期待は大きい。

頂点を極めるクラブのカルチャーの中で過ごし、力を高めてきた経験も、貴重な財産だ。パナソニックでは三宅敬や霜村誠一、北川智規らベテラン選手がいい環境といい文化を作ってくれたおかげで、自信をつけた若手選手が次々と育ち、信頼関係を深めていった。神戸製鋼でも橋本大輝や平島久照、谷口到らが、同じ役割を果たしてチームを正しい方向へと導いてくれた。

「僕もベテランとして三菱に入るので、そうした憧れの人たちのような存在になれれば、と思っています。そういう部分でもチームに貢献したい」

新型コロナウイルスの影響でトップリーグが中断されたあと、ニュージーランドに一時帰国。当初は数週間で日本に帰るつもりだったが、その後トップリーグの中止が決定し、同国がロックダウンに入ったこともあって、そのまましばらく滞在することとなった。最初の5週間は厳重な行動規制が敷かれたためジムを使用することもできなかったものの、その後警戒レベルが徐々に引き下げられ、世界に先駆けてラグビー活動が再開されてからは、プロラグビー選手としていつでもプレーできるよう、強度の高いトレーニングを続けてきた。

「SHをやるのは4年ぶりなので、体重を落としてフィットネスを上げているところです。長い間試合に出ていないので、ゲームコンディションは正直わかりませんが、身体のコンディションはすごくいいですよ」

7月下旬、約5か月ぶりに日本へ戻り、8月中旬には慣れ親しんだ神戸から相模原への引越しを済ませた。8月17日から始まったチームトレーニングにもさっそく参加し、キレのいい動きでグラウンドに活力を注入している。「真冬のニュージーランドから真夏の日本に戻ってきたので、この暑さにはちょっと参っています(笑)」と苦笑する一方、「新しいチームメイトとフィールド内外で絆を深めていって、このチームで結果を出すために、トップリーグに向けてコンディションを上げていきたい」と決意を語る表情は明るい。

大好きなラグビーを存分にやり切るために。そしてダイナボアーズをさらなる高みへ押し上げるために。イーリ ニコラスの新しい日々が始まった。

Published: 2020.09.07
(取材・文:直江光信)