#007 田畑万併『充実の日々』

安江祥光やトーマス優 デーリックデニイ、ロドニー・デイヴィスらトップクラブから移籍してきた実力者の陰に隠れがちだが、今季からダイナボアーズに加わってチームに刺激を与えている新加入選手は他にもいる。そのひとりが、慶應義塾大学から入社したルーキー、CTB田畑万併だ。

桐蔭学園、慶應大と全国屈指の強豪校でキャリアを重ねてきた田畑だが、大学時代は壁にもぶつかった。入学から2年間は下のチームを行き来する毎日で、ようやくAチームのレギュラー争いにからめるようになったのは3年の夏から。社会人チームの採用担当者は通常、大学3年までのパフォーマンスを見て選手を評価する。3年秋まで公式戦出場機会のなかった田畑の情報は必然的にスカウトのアンテナに届かず、本人も当初は一般企業への就職を考えていた。

そんな流れが変わるきっかけになったのは、大学4年の春に出場した大東文化大学戦だった。その試合を見に来ていたダイナボアーズの佐藤喬輔監督とリクルーターから試合後、「ウチでやってみないか」と声をかけられた。

「元々、自分は社会人でやれるような選手だとは思っていなかったんです。でもそこでお話をいただいて、『もしかしたらラグビーのチャンスもあるのかな』と」

社会人チームへ進む道に光が差すと、気持ちは次第にそちらへ引き寄せられるようになった。トップリーグの合同トライアウトにも参加し、そこでも複数のチームから獲得の話をもらったが、最終的に田畑が決断したのは、ダイナボアーズでプレーすることだった。

「自分がどんな社会人になりたいかと考えた時、仕事をしっかりやりながらラグビーもしたいという気持ちが強くありました。三菱重工相模原は企業としても一流ですし、ラグビーでも上を目指せる。お世話になりたいと思いました」

大いなる志を抱いて飛び込んだ社会人ラグビー。しかしここでもいきなり挫折を味わう。春のオープン戦2戦目の栗田工業戦で肩を脱臼し、手術。6月から5か月間はリハビリ生活を余儀なくされた。ようやく練習に復帰したのは、11月に入ってからだ。

それでも社会人になってからの8か月あまりの間に学んだことは多かった。あっという間に過ぎていくあわただしい日々を、本人はこう振り返る。

「ニコラス ライアンさんやロコツイ シュウペリさんなどトップリーグで活躍された選手が同じポジションにいて、教科書のような存在で吸収することが多い。成長したいという意欲が湧いてきます。会社でも上司の方がうまく振り分けてくださって、一般社員と変わらないくらいの仕事を任せてもらっている。本当に、充実しています」

仕事とラグビーを両立するために、日常生活も学生時代から大きく変わった。ちなみに現在の所属部署は、自動車のエンジンに使われるターボチャージャーという部品を売るターボ事業部だ。

「学生時代は夜更かしをすることもあったんですが、今は規則正しく1日を送ることを意識しています。朝は6時に起きて、睡眠時間を7時間以上とるために、夜11時前には寝る。ラグビーも仕事も100パーセントでやるためには、大事なことだと思っています。大変ですが、仕事もラグビーもできるこの環境に、感謝しています」

社会人ラグビーの印象を聞くと、「入社前は上下関係が厳しいイメージがありました」と苦笑する。しかしそうした想像は、いい意味で裏切られた。

「特にダイナボアーズはベテランの方が多いチームなので、最初は怖い印象があったんです。でも入ってみたらみなさんすごく優しく接してくださって、家族のようなチームだった。他にはない独特の文化がありますし、本当にいいチームだな、と感じます」

プレー面に関しては、厳しさを実感することもまだまだ多い。社会人チームに所属しているのは、いずれも学生時代に各チームで主軸を担った実力者ばかりだ。個々に優れた選手がそろう中でいかに自分の持ち味を発揮できるようになっていけるかが、これからのテーマになる。

「社会人はどのチームも本当に個のレベルが高いと感じます。大学時代は個人の力でゲインラインを突破できたし、その勢いでその後の攻撃も何とかなっていましたが、社会人ではなかなかそうはいかない。キックをうまく使って陣地を進めたり、精度の高いキックからプレッシャーをかけてボールを再獲得したり、といったゲームプランが必要になる。CTBとして、そういうところは意識しています」

チームは無事、トップイーストを全勝で通過した。試合内容もシーズンが深まるにつれて理想の状態に近づきつつある。ルーキーの目に、ここまでのチームの歩みはどう映っているのだろうか。

「個々のレベルが非常に高いぶん、シーズンの初めのほうはまとまりに欠けるシーンも多かったと思います。でも終盤にかけてどんどんまとまりができてきた。特に最終戦の日野自動車戦はすごくいいゲームだったと思います。ひとつ前の釜石シーウェイブス戦があまりいい出来ではなかったんですけど、1週間で課題点が改善されて、いいところもさらに伸びていた。トップチャレンジにも、今よりさらに強いチームになって臨めると思います」

悲願のトップリーグ昇格へ向け、チームはいよいよここから今季のクライマックスを迎える。トップチャレンジ1の初戦は、1月3日の秩父宮での九州電力戦。1月9日にトップチャレンジ2の日野自動車と福岡で戦い、3戦目は最大の難敵と目されるNTTドコモと花園で激突する。ここで1位になれば、その時点で10シーズンぶりのトップリーグ復帰が決まる。決戦を間近に控え、1年目のフレッシュマンも社内の盛り上がりを肌で感じている。

「日野戦の後の月曜日に出社した時、上司や他の社員の方々に、『いい試合だったね』『調子いいんじゃない』と声をかけていただいて。いつも以上に熱気を感じました。ウチの会社は、他のチームに比べて社内の応援が特にすごい。その気持ちを背負ってがんばりたいと、あらためて思いました」

トップリーグに目を移せば、高校時代のチームメイトで大学時代はライバルとして戦った濱野大輔(CTB/帝京大-リコー)や中村駿太(HO/明治大-サントリー)など、身近だった存在で1年目から活躍している選手も少なくない。そういう姿を目にすればするほど、また同じステージで戦いたいという思いも強くなってきた。

「大学時代はトップリーグなんて考えてもいませんでした。でもいざやってみると、トップリーグに上がりたいという気持ちがどんどん湧いてきた。あそこでやったらどれくらいおもしろいんだろう、と。特に濱野や中村が活躍しているのを見ると、自分もあの舞台でプレーしたいと思いますね」

一人ひとりのそうした思いが強いほど、チームは勢いづく。まだ初々しさを残すルーキーは、国内最高峰のリーグでプレーする自分の姿をくっきりと思い描きながら、充実の日々を過ごしている。

Published: 2016.12.19
(取材・文:直江光信)